エッセイ VOL.1『入学式』




法則といっても難しいことは何もありません。  

あなたにも、あなたにも、おかん(母親)は存在する。
あなたをこの世に産みだしてから、おかんは何を考えて毎日暮らしておるのか?
自分がおかんになって初めてその事を深く考えるのであります。

「朝起きてから寝るまで、あれをせい、これをしてはいけない、
ウットイなあ」  と思っているでしょう?
そう、「子供を自分の思うとおりにあやつりたい」というのが、
おかんの本心なのです。
自分が果たせなかった夢を子供に託して、
といえば聞こえがヨイが、
自己実現を「身代わり」に強制するのがおかんの特権であります。


「私は勉強が嫌いだったから、
せめてわが子は勉強大好きな子に育てよう」

産み落とした瞬間にそう思ったおかんは、
子供が18才になるまでお弁当を1756個も作って学校へ送り出し、
PTAと運動会に213回出席し、担任に18回呼び出され、
予備校の偏差値表の上がり下がりを家計簿に書き入れながら、
ついでに払った学費の多さにためいきをついて、
ああ、ついに息子を東大に入れたのであります。

「…痛い目をして産んだカイがあったわ」
もちろん勉強したのは本人で、お金を払ったのはおとうさんです。


 ときは春。さくら満開の入学式。
おかんは新幹線に乗って大阪から上京しました。
  息子にそれだけはやめてくれよと禁止されていたピンクのスーツ
(おとうさんは似合うよといってくれた)にバラのコサージュをつけて、
いそいそと九段下の日本武道館へ。

桜吹雪舞う北の丸公園のなかは、
さくらも負けそうなくらいヨロコビとホコリで
破れかけたおかんの顔、顔、顔が満開でありました。

なかにはピクニックと勘違いしてか、おとうさん、妹弟、
じいちゃんばあちゃん家族総出の姿まであって、
テレビカメラに向かってピースサインを出しているおかんまでいる。

バシッとスーツ姿できめている新入生に混じって、
わが息子はたしかセーターにジーンズ姿。
母親とカメラを避けてトンズラしてしまったようだが、かまわずに
一人で日頃テレビのロックコンサートで見慣れている武道館の中へ入ると、
そこは荘厳静粛そのものの世界でありました。

高いヒナ段の上から、いちご粒のような新入生の
整列を見おろしたおかんは、

「あんたらオモロイ一流の人物になりやっ!
エバッて悪いことしたらあかんでえ」

と、おせっかいエールを贈るのに忙しくて、
(その頃東大出身の官僚マンが贈賄事件で逮捕される事件が
続いたのである)
総長さんのタメになるお話、
「謙虚に…誇りを持って…豊かな人類文化の任い手になりましょう」
という訓話もうわの空なのでありました。


 ところであの時のうれし恥ずかしおかん軍団の姿は、
あとから送られてきた
「東京大学19xx年」という立派なアルバムの中に
ちゃんと収められていて
(1万5千円も払った!もちろんワタシのピースサインも入っている)
今では居間の本棚の隅でホコリを被っているわけなのだが…
そっと開けて見るたびに、
「…アホなおかん」という気持ちにさせてくれる。

 というわけで、おかんの思いどおりになったのはその時までで、
人生一寸先は何が起こるか分ったものではない。


大学院まで計8年在籍したのちに、
息子はどうなったでありましょうか?
学費と生活費と住居代に8年間で計672万円仕送りした
おとうさんはクタバらなかったでしょうか?

あとに続く妹や弟の運命は?
あのとき入学した2168名の新入生のその後の人生やいかに?
(そんなもん知らん)

ともあれ入学式のあの日、
ピースサインでにんまり笑ったのがタタッタのか、
おかんの人生は思わぬ方向へ
向かうことになったのであります。



本日のおかんの法則

子供は日々進化しておとなになるが、
おんなは退化しておかんになる。」