法則といっても難しいことは何もありません。
あなたをこの世に産みだしてから、おかん(母)は何を考えて
毎日暮らしているのか?
本日のテーマはおかんの「喪失」であります。
大切なものを失って結婚したのに、せっかく造ったものをまた
失って人生を送ってゆく。これの繰り返しであります。
何のことかわかりますか?
ある日のこと。むすめが出勤前のあわただしいひとときに、
そっとおかんに囁いた。
「おかあさま。いよいよです。」
おかあさまというのは、我が家でのおかんの愛称です。
「えっ、おとうさん、いよいよですって。」
おとうさんは「ウム」とうなずく。これが5年前だったら苦虫を噛み潰した
というべきお顔ですが、今日は何となくニヤニヤ顔に見受
けられます。
そういえばむすめ、いつもはパンツスーツで出勤することが多いのに、
最近はスカートにブラウスとか花柄のワンピース姿でのご出勤が
多いようです。
一週間して、いよいよのもとが現われて、おとうさんとご対面になり
ました。
「もう28だからなあ…」 おとうさんは何やらつぶやいていますが、
いや、むすめの鑑識眼もなかなかのもの。
スポーツマンで無口。なんとハンサムで知的な雰囲気。
むすめにはでき過ぎのおかた。
「一緒にいてリラックスできるひと」という我が家の家訓にも見事
パスしました。同じ会社のワンフロアーうえにいるとのこと。
同じ会社の机が隣同士だったおとうさんとおかん、手ぢかで
間に合わせた者どうし、その場の雰囲気も盛り上がって、
めでたく納まりました。
半年ののち。
それまでたいせつに育てたうつくしいむすめも、
おおぜいの観衆の見守るなかで、合法的に連れ去られてしまいました。
「花束贈呈と感謝のことば」にうまくまるめこまれて
しまったのです。
金屏風をバックにずらりと並ばされた新郎新婦とその両親と媒酌人。
ウェディング姿のむすめにも目をまるくしていますが、久しぶりに
見るわが妻の晴れやかな着物姿に、おとうさんはまんざらでもなさ
そうです。
「なにをニヤニヤして見とれているんです!それよりも明日から
ふたりっきりの生活がはじまるのですよ、おとうさん」
「ちょっと勉強に行ってくる」と言って大阪の家を出たきり8年も
帰ってこない長男。
大学院で飽きもせずにコンピューターをいじくっている。
弟もあとを追って上京し、こちらは「4年で必ず帰ってくるから」
との約束をとりつけたが、どうなることやら、
「都の西北」の住み心地はそんなによいのカイ。
アルバイトに忙しいと言っているが、女の子といちゃついてもいるのであろう。
とまあ今日の結婚式で家族一同何年ぶりかで顔を合わせたわけだが、
みんな久しぶりにありついたフランス料理に夢中になって、
おかんの胸の中に湧きあがってくる「喪失感」のことなど、だれも
気づきはしないのであります。(みんなテレポートしてしもうた…)
自立・巣立ちという言葉もちらりと頭をよぎったりはするが、
「喪失」のほうが花嫁のおかんにふさわしいような気がする。
がしかし…フランス料理のフォアグラをパクついているとき突然、
おかんは宇宙の真理に目ざめたのであります。
無から有を生ずるのごとく、もともとは何もなかった空中から3つの
固体が出現したのであるから、物質化現象を起こすインドの
サイババ様にも負けないおかんの超能力によって(こちらは協力者を
要するが)、また分裂させればよいのではないか、という
ことに気がついた。
時間切れということもあるから、あとはむすめとむすこに任せて、
「喪失」とは無縁で生きてゆけばよいではないか。
(あちこちに種はまかれて人類(生物)は増殖する、と小学校の理科
で習ったかね。)
あれ、ひょっとしてむすめのからだは…もう…分裂が…?
「豊饒」「繁栄」といういともめでたいことばを無理やりワインと
フォアグラと一緒くたに喉へ流し込み、おかんは泣き泣きスペシャル
メニューを全部たいらげる。
おとうさんはと見ると…敵陣へなぐりこみ「かわいいむすめを返せ」
じゃなかった、なんと…「末ながく可愛がってやってください。」と
ニコニコ顔で新郎のチチハハにお酒を注いでまわっているでは
ないか。さすがっ。
かように結婚披露宴上でのおかんは「めでたさも、中くらいなり
おらが春」の複雑な心境なのであります。
むすこむすめどもよ。わかっているのか!
分裂した固体を見送るおかんのうれし哀しあほらし尊し心情を。
家に帰って夕刊を見たら、こんな歌が載っていた。
「さびしいよ息子が大人になることも、こんな青空の日にきっと
でてゆく」 河野 裕子
けっ、と夕刊をけとばしておかんはその夜、
猫のミーコと三人で川の字になっておとうさんと手をつないで寝ました。
(おわび…裕子さまならびに新聞社のみなさま。けっ、けっして
新聞紙をけとばしたりはしてません。ついコトバのアヤで)