エッセイ VOL.23 『本の周辺』(1)



好きな本にまつわる「あれこれ話」です。

人間もそうだが、「本との出会い」も
星の数ほど出版されている中からいかなる運命で縁が結ばれる
のか、考えてみれば不思議なことである。

「紀伊国屋書店」のような大型書店へ行くときなど、
最初から買う本が決まっていればジャンル別のコーナーへ直行
するが、特に決めないでただ書店の中をお散歩するのも
また楽しいひとときで、
昼間すいている時間帯を見計らってブラブラしているとそんな時
本の方から誘いをかけてくるので、ついフラッと手に取るハメに
なることがある。

友達に言うと「オカルト!」と軽蔑するのだが、売場をお散歩して
いると突然に、色とりどりのお花畑の中からひとつだけ
「コチラよコチラ!」と合図を送ってくるのは本当の話である。

帯の惹句(宣伝コピー)とか装丁とかいう外面の装いで身を
くねらすということもあるが、大抵の場合はえもいわれぬ全身の
雰囲気(オーラというか)に引っかかって金縛り状態になる。

本でも男でも女でも「出会い」とはそんなものだ。
私の場合、インスピレーションを感じた出会いは、
「人」でも「本」でもあとになって裏切られたことはない。

いっぽう、「アタシをめくってみない?」と、こちらは口のうまい
仲人を従えて誘いをかけてくるのが、新聞雑誌の書評欄や電車の
吊り広告である。
さすがに直感力が年とともに薄れてきた最近は、そうした書評や
広告の力を借りて書籍を購入する回数も増えてきた。

人間の出会いで言えば、「ひとめぼれ」と「お見合い」の違いと
でもいおうか。

私が20年前、前者で出会ったのは「森 茉莉」であり、
後者で最近出会ったのは「須賀 敦子(スガ・アツコ)」である。

このおふたりの作家はどちらも故人であられるが…
(作家デビューは49歳と61歳とどちらも遅い方である。)

まだご存じのないお方でも、読めば「好きな作家」のリストに
入れられることもままあるかと思うので、
ここで少しご紹介してみたいとおもう。

須賀敦子は…
彼女の愛読者で物書きの人達が最近あちこちで推薦文を書かれて
いるので、ご存知の方もおられると思うが、
私も日経新聞の春秋欄《朝日新聞でいえば天声人語の欄》の
紹介記事を見た夫…から教えられて読み出した。

今のところ「コルシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」
「トリエステの坂道」の三冊を夫と取り合いして読み終えたばかり、
興奮、感激いまださめやらぬところである。

90年に「ミラノ 霧の風景」を出したとき、彼女は61歳であった。
(50代後半に別のところでエッセイとして連載していたが。)

戦後まもない時期に大学を卒業、1953年にパリへ留学して
一時帰国、29歳の時に再度イタリアへ留学。
ミラノで当地の人と結婚し、若くして夫に先立たれた。

91年に帰国するまで合計15年余りの「ヨーロッパ滞在中」での
出来事や、出会った人達のことを中心とした物語を…
60を過ぎてから、それまで貯めていたものを一気にはきだすよう
に書き始め、回想的自伝風エッセイの形で小説にしたのが上記の
4冊である。

「女流文学賞」を受けた「ミラノ 霧の風景」は、
今オンライン書店に注文中で、夫も私もワクワクしながらその到着
を待ちわびている。

98年に病に倒れるまで8年間の執筆活動だが(翻訳書は別として)
「登場した時からすでに完成された作家であった」と
某作家に言わしめた程の深い教養(学識と思索)に裏うちされた
名文家である。

大人の知的な女性が語る「ヨーロッパ文明。キリスト教。哲学。
文学。詩人。家族。」
若い頃の留学先パリやイタリアで出会ったひとたち。知識人や
芸術家。ミラノでの家族や友達…「カトリック左派」と称される
夫や友人たちのなんと魅力的なこと。

「キリスト教信仰が、どのように現実の貧困を救済できるか」
若い時からずっとその「命題」を抱き続けていた彼女と、
その志を同じくする夫や仲間たちとの交流が魔術的な描写力で
こちらの胸に入りこんでくる。

…人物がまるで映画を観ているかのごとく、目の前に踊りだして
くるのである。作者の人間への「愛」はあふれんばかりで、そこに
私は魅了されていつまでもいつまでも続編を読んでいきたいので
あった。

作品が世に出たのが遅かった分だけ亡くなられたことが
何としても惜しまれる作家だが、
須賀敦子についてこれ以上何かを語ることは、まだ分不相応な
私なので【オススメ】だけしておいて、さて

今回はもう一人の作家「森 茉莉」について少し書いて
みたいとおもう。

森 茉莉については…例によって思い込みの激しい私が
贔屓のひきたおしであることは承知の上で書く「ファンレター
みたいな」もの、論理的なとは全くいえない文章なので、
最後まで辛抱して読んで頂けるかどうかは自信はない。


森 茉莉は…
「死ぬまでつき合いたい魅力的な恋人」のような作家である。
(森 瑶子ではありませんよ。)

私はあんまりこの人に入れ込んだので、茉莉さんを溺愛した
「恋人」のような存在でパッパ(父親)である文豪、森 鴎外を
「ついでに」読み直したりしたものである。
それから茉莉さんの緻密な文体に「言葉の楽園」と賛辞を呈した
三島由紀夫の「金閣寺」と「禁色」と「憂国」と「仮面の告白」
もついでに読んだのである。

三島の小説と茉莉さんの「枯葉の寝床」から【美少年愛】のとりこ
になった私は、ビスコンティの映画「ベニスに死す」を何度も
観ることになる。

作曲家マーラーがモデルといわれる中年紳士が美少年に狂おしい
恋心をつのらせるトーマス・マン原作の映画である。
タジオ美少年役のビョルン・アンドレセンのきれいだったこと!

茉莉さんが「甘い蜜の部屋」の中でモイラと名づけた美少女が
名画「アラビアのロレンス」の主演俳優ピータァ・オトゥウールに
似せてつくったのでその映画も3度も観てしまった。
(美少年好きと思い込みの激しいところは私も茉莉さんに似ている)

これは茉莉さんと関係ないけど、
映画の主人公「砂漠の英雄ロレンス」もやっぱり「男のひと」が
好きだったのね。一回目に観た時は分からなかったけど。
…美しい男性のホモセクシュアルな世界は
(ギリシャ神話の昔からジャン・コクトゥ、三島まで)
わけのわかんない世界だけれど…茉莉さんと同じようになぜか
無性に惹かれる私である。

茉莉さんを愛した人達、茉莉さんから愛された人達、
作家富岡多恵子や萩原葉子それに詩人の白石かずこや
画家の池田満寿夫や横尾忠則や歌手の美輪明宏など
も数珠つなぎに知ってゆき、

世間の常識や権威に屈しない強い個性を持った、
同じ感覚の芸術家たちの不思議な魅力ある交遊の世界に
引きこまれた私は、彼らの書いたものを読んでいるだけで心から
幸せな気分になれたのであった。

…子育てをしていた30代なかばの頃のこと。
おかげで子育ては手抜きになってしまった。
ついでに自分のペンネーム(とステージネーム)も勝手に
モリ・マリから頂戴したのであった。

茉莉さんがいかに個性的な素晴らしい作家であったかというと…

一番茉莉さんが喜んだという三島 由紀夫からの誉め言葉
【 戦後の文学における最も例外的な恩寵と秘蹟…
言葉に対して最も厳格な閨秀作家…
その前ではシャッポを脱ぐほかはないもの…】

それに小説「甘い蜜の部屋」を読んだ三島から
【 官能的傑作。戦後の日本で、真の恐ろしい官能性を孕んだ傑作は、
川端 康成の「眠れる美女」のほかには貴女の諸作品しかなかった
のです。】
という讃美の書簡の存在を人づてに聞いて茉莉さんは喜んだが、
その十日後に「三島(自決)事件」が起こり、その書簡は茉莉さん
の手に届かず長い間日の目を見なかった。

それから後輩の作家達の茉莉さんに対する思い入れの凄さ…

「少年愛小説」の創始者と自ら称する中島 梓は、三年間も探し
回った「枯葉の寝床」を手にした時から「すべてが始まった」と
言い、

「無印良品」の今や売れっ子作家、群 ようこは「贅沢貧乏」を
読んだ時、手から離すことができなくて、学生時代には
「ひとりぐらしのお手本」とし、

文芸評論家の中野 翠も、
25歳のとき「贅沢貧乏」に出会わなかったら「私の人生もだいぶ
違ったものになっていたかも知れない」と言っており、

エッセイスト佐野 洋子は「隣に住みたい!」というほどの入れ込み
ようで…。

いや著名人がどんな誉め言葉を語ろうと…私にも私の「思い入れ」
がある。
「恋人たちの森」と「枯葉の寝床」と「甘い蜜の部屋」の耽美小説
の美しい世界に魅入られたわけで…。

転々として留まるところを知らない饒舌的思考で文学や人物を綴った
「マリアの気紛れ書き」を寝食忘れて読み耽ったわけで…。

密度の濃い気品のある文章、透徹な美意識とロマン、
仏蘭西(フランス)びいき、
反社会、半オーソドックスの自由な発想、並みはずれた自己愛
でくり広げられる「モリマリの世界」にとどめようもなく惹かれた
わけで…。

最初に「贅沢貧乏」を読んだとき、
「大正時代の古い洋館のアパートの一室で自分の好きな小物
【硝子瓶や枯れた菫の花束やジャン・クロードブリアリのブロマイド】
に囲まれて猫と一緒に毎日を夢見て暮らす」ひとり暮らしの生活に…
どんなに憧れたことか。

三島が評した「魔的な要素をはらんだ濃艶な愛の花園」の物語に…
世の中にこんな素晴らしい恋物語があるのかと、
しばらくは夢みごこちの日々を送らせて貰い、夢はいまだ覚めない
のである。
「恋をしていなくても、恋をしているような楽しさを持っていると
いうことは大変に素晴らしいことだ。」と自身を語る茉莉さんの
言葉に肯いているばかりの私であった。

週刊誌に茉莉さんの「ドッキリチャンネル」が連載されていた頃、
80歳前の女性が書いたとは信じられないそのあまりに奇想天外な、
時には辛辣きわまりない思い込みの激しいテレビ評や芸能評論に
お腹をかかえて笑い、マトを得た批評にドッキリとし、

今の時代で活躍中の中野 翠やナンシー関なんぞのメディア評論の
「さすが元祖であるわオマリさん。」
…と最近また認識を新たにしているところである。

…長くなりましたので、「森 茉莉の世界」について
興味を持たれたお方、それから他人の本棚をちょっとぐらい覗いて
みてもイイナと思われるお方は次の号をもう一回お付き合い下さい。

好きな女性作家についてもう少し…
高橋 たか子と吉本ばなな、笙野 頼子と山本 文緒など、それから
スピリチュアルな本について…おしゃべりします。

(「書評」を書く筆力は、もうひとりの茉莉にはないことを
どうぞご承知おきくだされ度く…。)




本日のおかんの法則

      「愛する本は密の味。」