エッセイ VOL.31 『都会の片隅で』



     
雑踏のなかを歩いていて突然
「お茶でもご一緒にいかが?」と見知らぬ男性から声を
かけられたら…
あなたならどうする?

若い女性がナンパされる話ではない。

なぜかこのごろおかんのところにオハチが回ってきて
行きずりの男性から声をかけられることが続くのである。

中年の同年輩らしき人が殆どだが、たまに40歳前後と
おぼしき男性の場合もある。
いつかはデパートのお惣菜売り場の雑踏の中で誘われた
こともあった。
(ヒトが今夜の夕食お刺身にしよかビフテキにしよか
迷っておるのに、なに考えてんねんこのオトコ!)

…とまあこんな話をすると
夫も友達も「信じられん!」と言うのだが
いまさらこの年になって「モテた自慢話」をするつもりは
毛頭ない。
話はまったく別のことである。

私は特別に、顔の造作が人目を惹くようには出来ていないし、
セックスアピールがあるオンナでもないし、それに何より
もう50をいくつか過ぎたただのおばさんである。

夫以外の人と「個室へ入って楽しいことアレやコレやしたい」
欲求もない人デアリマス。

でも世間にはヒマというか物好きというか、寂しいというか、
そんなおばさんに声をかけるオトコが…いるんだよなそれが。
また、誘いにのってみるヒマなおばさんもいるんだよなこれが。

夫は「それはこちらの心に隙があるからだぞ」
と叱るのだが、「隙といえば隙だらけだわナ…」
と自分でもそう思う。

「みんな大好き!」と思って道を歩いているんだもん。

物欲しげ、に見えたとしたらそれは誤解であるが、
男、女に関係なく「誰とでもオトモダチになりたい!」という
思いが顔に出ているのだと思う。
人を嫌いだと思わない…傾向は年と共に増してきたように思う。
(ひょっとして人類愛に目覚めてきたん?)

でも…
地下街の片隅で行き倒れのようなホームレスの人を見た時、
そばへ寄ってマザーテレサのごとくお世話をする、という
そこまでの「愛と勇気の人類愛」を持つ段階には悲しいかな
まだ到達していない。

さて某日某時のことであります。

書店で買った本をどうしてもすぐに開けてみたくて、
夕方の慌しい時刻であったが
(夫は仕事で遅くなると言っていたし)
喫茶店へ入ってコーヒーを啜りながら本を少し読んで、
それから外へ出て、大阪梅田の地下街の雑踏をかき分け
歩いていった。

会社帰りらしいくたびれた顔つきの中年サラリーマンや、
夕食の支度の買い物を終えてデパートから出てくる主婦や、
背広もまだ新しい新入社員らしい若い男性のグループや、

今からご出勤の夜の職場の女の人や、
ショッピング帰りかこれからデートか、
華やかな衣装で着飾った若い女性たちや
奇抜な化粧で目を惹く茶髪の女子高生の群れや、

それらこれらの人の間を歩いていると、
「ああ、道行く人々はみんなそれぞれ大なり小なり、
悩みや苦しみを抱えて生活しているんだろうなあ」と
自分の事は棚に上げて、なぜか
「人間みんないとおしい!」という不遜な思いがこみあげてくる。

若い頃は、雑踏の中にいるときほど強い孤独感を感じて
コートの襟なんぞを立てて、とんがった顔をして
徘徊したものだが、昨今は年のせいであろうか、

あるいはこのエッセイを書いているお陰でメールを頂く機会が
多くなって「コミュニケーションを求めている」人が世間には
沢山おられることを知ったからなのか、

まことに不遜な言い方で面映いのだが
「人みなイトオシ」思いがしきりにするのである。

そんな時なのだ。
「お茶でも飲みませんか」と誘われるのは…。

一瞬ためらっていると
「悪いところへはお誘いしませんよ」という。
私と同年配のそう感じは悪くないサラリーマン風の男性であった。

行きずりの見も知らぬ中年オンナを誘うオトコの心理を観察して
みよかという欲求が起こり、
(「個室へ入ってアレコレしない」んなら何のために誘うの?
という興味も湧いて)お茶だけつきあうことにした。

その男性と喫茶店で、30分くらいオハナシしただろうか。

「東京からの単身赴任でしてね。(ホントかな?)
大阪の女性とお話したかったんですわ。」

「お優しそうだったので…(あたしゃ優しいヨ。若いオンナは
ついて来ないもんね)」

「大阪の町は好き」だとか「会社の自慢話とグチ」だとか
「趣味で邦楽と仕舞いをやっている」とか…
「よかったら休日に付き合ってください」とか。

…私はあいづちを打って殆ど聞いているだけ。
再会は約束しないで…それでおしまい…だった。

友達にこんな体験話をすると
「アホちゃうか。グチを聞いて欲しけりゃ酒場のママさんの
とこへでも行けばいいんよ。あなたもお人好しねえ」
とバカにして笑う。
「うまくいけば、個室へついてくると思ったんじゃないの」
とも言う。

そうなのだ。「時間つぶしの相手をさせられただけ」と
腹を立てないところがまったくお人好しな私なのである。

白状すると、
若くない年になってから今までに見も知らぬ男性と
お茶を飲んだり、食事をするところまで行った事は
これが初めてではないんよ。
(さすがに40前の人と酔っ払いは無視して逃げたけどね。)

危険といえば危険だろうが(若い娘ならなおさら)
昼間から夕方どきの都会の真中でのこと、
男性がオオカミであるとはもう思えない中年オンナ。

「みんな淋しいんだよな…」と思うだけ。
行きずりのおばさんに何を求めているのか知らないが
「つかのまの話相手ぐらいならどうぞ」
と思うだけ。(モチロン相手にもよりますワ)

これってアブナイことなんかしらん?

こちら色気もぬけて、
ますます「新宿の母」化していくばかり
のおかんでありました。
(いや「なにわのおかん」だったっけ)


「新宿の母」の意味がお分かりにならない人は
このエッセイ24号をどうぞお読みくださいや。




本日のおかんの法則

          「なにわおんなはみんなやさしいんやで



【メルマガ読者さんだより】

おかんさま
ライターとしてかけだしのHiroeです。
「おかんの法則」いろいろ勉強に
なりました。

ぜひ、私のHPにアドバイスしてください。

       (在ニューヨーク ひろえ)


(作者より)

上記のHiroeさまのHP読ませていただいて
ビックリしました。
アドバイスやなんてとてもとても。

福岡で主婦を5年つづけ、何が不満だったのかやさしい夫と
安定した生活を捨てて突然、単身ニュー−ヨークへ渡り、

ハーレムに住んで、困難な就職からグリーンカード取得・
結婚・ライターの仕事をGET…

とにかく勇気とチャレンジ精神に拍手です。


Hiroe Bailey 「 Harlem日記 」
http://members.aol.com/hiroem