10個入り饅頭箱のふたをあけたら、2個残っている。
「…なんだもう、2個しかないのか」と
クサる人と
「ラッキー!まだ2個もあるじゃん」と
うれしがる人。
ものごとを、悲観的に見る人と、楽観的にとらえる人。
もちろん後者のほうが、しあわせを呼び込む人ではあろう。
「プラス思考ですね。」と、長嶋もと巨人軍監督もニコニコ顔で
おっしゃっている。
おかんはもちろん、しあわせを呼び込む人のほうであった。
ところがここへきて、家業が倒産。
50を過ぎて、トホホの日々を送るはめになって。
さすがに、
うまれつき、ものごとをクヨクヨ考えないタイプの人間でも、
あさ目が覚めたとき、
「きょうもハッピー!」といって
とび起きるわけにはゆかない。がしかし、
「親類、友人そのほかもろもろのお方」のご親切を受けて、
「ありがと、ありがとね」
「このお返しはきっとするからね」と、
ありがた涙にくれている時
もちろんわがおとうさんは、まいにち就職活動で
走りまわり、おかんはパートを開始した
ある日のこと、ピーッと1通のメールが届いた。
(なぜかパソコンだけは、召し上げられなかったのである)
――チチハハうえ。
ながい間、教育を受けさして貰い、
まことにありがとうございました。
わたくし、このところ思うことがありまして、
暗くてせまい象牙の塔から降りてまいりました。
チチうえの窮状を見かねてではありません。
ナンセ、学者への道はカネと時間がかかるわな。
(と、ここから急に下世話な口調になった)
教授の顔も見飽きたし、この先、貧乏生活には耐えられん。
いままでの研究を活かして
ビジネスの世界へジャンプすることにした。
弟の、あと一年の学費もまかしとけい。
ついては、この何年か、
教授に内緒で続けていたアルバイトで溜めたお金が、
ここに1000万円あるから、
おとんの銀行口座おしえてくれんかい――
…とまあ、息子からかようなお知らせ。
1000万のところは、メールの入力ミスだったが、
分割で仕送りしてくれるそうな。
「ビジネスったって、なにを始めるんだかね?」
「8年間もいったい、なにを勉強しとったんかね?」
「貧乏が厭だって、おかんの子といえるかね?」
「電子工学博士」号を目のまえにして、いまさらトンズラ
じゃ、おかんの「教授夫人じゃなかった、教授おかん」の
夢は、むなしく砕け散ったではないかい。
しかし…
しかし(まあ、なんせ学者の道はお金はともかく時間がかかるわな)
息子も、やはり父親の窮状を見かねたのであろう。
「夢を抱け!」とクラーク博士もおっしゃったが、尾崎も言っとった。
(ここ、カンケイないけど、豊クンはおかんのBF。いま天国にいるの)
親子はよく似たもので、おとうさんだってせっかく現役で国立大学に
入ってのち、有名企業に就職して出世階段を
上るかとおかんは期待しておったのに、
40才を過ぎて、インドネシアの合弁企業の相手先
(東南アジア華僑の財閥会社)に誘われて
サラリーマンを辞めてしまったいきさつがある。
(親子そろってトンズラが好きみたい)
その後
思い通りに香港と日本に会社を興して、
おかんはそのうちに大実業家夫人になれるとこれまた遠大な
夢を見ていたわけだが、そうは人生あまくはなかった。
十数年の間、紆余曲折の道を歩むことになって…
まあ、うちのおとうさんにチカラがなかったのか、ツキが
なかったのか、はたまた人格が驕慢であったのか、
おかんの応援が中途半端だったのか、みんな当たっているのか
(トホホ)
思い通りに運ばないのもこれもまたひとつの運命さね。
さて、息子よ、どうする…
「ゆけ!」おとうさんは許可を出した。
「博士号はいつでも取れる。とうさんのことは気にするな」
息子は、アルバイト先の、コンピューター関連の、ベンチャー
ビジネスを先輩に誘われて、アメリカで新会社を起こすらしい。
アメリカ、シリコンバレーと聞いただけで、すぐに
かのビル・ゲイツを連想して息子の成功を信じるおかん。
(お金持ち、プールつきの家、とそこまで連想ゲームで遊ぶのは
ちと早いであろう。が、貧乏は…やっぱり、おかん、好きクナイ)
おめでたい、と言われようが、しかしおかんが信じなくて
誰が信じる。
「ワクワクすることを、やりなさい。人生で成功するには」
と誰かも言っておった。バシャールって異星人だったかね?
息子は、シリコンバレーへ飛んだ。
それから、半年のち…
おとうさんには、産業翻訳の仕事を送ってくれ、
現在も続いている。(めでたし)
…いや、まだだった。
ここまでは、たんに助っ人がひとり現われただけで、
まだおとうさんの「起死回生」にはゆきつかない。
おとうさんの、求職活動はつづく。
ハローワーク。人材バンク。新聞の求人欄。インターネット。
おともだち。おかんも手伝う。おほしさまに祈る。
もちろん成功をかたく信じて。
58才でも…きっと見つかる。天職が。おとうさんなら。
(ウルルン涙)
何度も面接を受け、合格して、仕事を開始するも
心から打ち込める仕事ではなく…頂くモノも少なくて。
企業の中には、タチの悪いのもあって、
「中高年者を採用すると、一人につきかなりの金額の補助を
公的機関から受取れる」というシステムを悪用して、
雇ってはポイ(採用してから、ダウンした条件をだし、
本人が辞めざるを得ないようにする)のおとうさん泣かせの
会社がかなりあるらしい。(おんどりゃー!許さへんでえ)
そんなある日、
忘れもしない日曜日のA新聞、「求人欄」。
5センチ四方の囲みの中から、チカチカと光を発して
すばらしいお仕事がおとうさんに「おいで、おいで」を
しているではないか。
…すみません。おかんはパートに出かけるので、つづきは
帰ってから入力します。