エッセイ VOL.9 『ワイキキ フルムーン』



     
オアフ島のワイキキビーチの黄昏どき…
今まさに、海に沈まんとする夕陽をながめながら、

素足に、亜麻色のながい髪を風にそよがせた
うら若き乙女と、
赤銅色のひき締まったからだつきの青い瞳をした青年は

肩を寄せ合い、おたがいの指をからませて、
はるかかなたに続く海のむこうを見やりながら

しあわせな未来について、いつまでも語り合っていた。

その横で…
白髪まじりの浅黒い顔をしたおとこと、
つやのない長い髪を、やはり風になびかせながら、
それでもまだ、若い頃は多くの男を振り向かせたであろう
美貌をかすかにとどめたおんなは、

若いカップルに負けまいと手をつなぎながら、
沈みゆく太陽に向かって心の中でさけんだ。

「だめ!沈まないでちょうだい!」
たそがれカップルの、二人の目からは、
熱く流れ落ちるものがあった。

ウーン、やっぱりこんな映画のワンシーンを描くことは、
おかんには無理みたい。

いや、とにかく…
スリムだけどひき締まっていない身体つきの男と、
モト美貌とは誰もが認めづらい女の…
中年カップルは、ひょんなことから
ワイキキフルムーン(旅行)と洒落こんだのである。

「ミーコも連れてくればよかったのに…」
「ミーコは飛行機がきらいだから…とてもムリ。」

そうだ。この旅行はウチの家族猫のミーコからの
プレゼント。
「うちのミーコは偉い。世界いちエライ。ほんとうにかしこい。
子供たちが巣立っていったあと、ある日突然、私のことを「ママ」
と呼ぶようになった…。」

…というペットで自慢エッセイを書いたら、某夕刊紙が1等賞の
「ペアーで行くハワイ6日間の旅」をプレゼントしてくれた。

その時、夫婦はビンボウしていたから、旅行どころではなかった
ので、
「替わりにxxでちょうだい。半分でいいから」と言ったがダメで、
「そんなら、一人分でいいから、カリフォルニア行きの
チケットと交換して!(息子に会いにユキタイ)と言ったが、
新聞社はユーズーがきかない、それもダメで、
…しぶしぶJALパック・AVAに協力して、飛行機に乗ったわけ。

半年前にも、しぶしぶバリ島旅行へ…これはテレビの番組へ
ハガキ一枚だしたら、当たったのよーん。

若いころ
おとうさんの仕事の関係で、インドネシアに6年
住んでいたから、「バリか…なつかしいなあ」と、何気なく
ハガキを送ったら当選したのである。
(当りやのおかんも、お金のない旅行は厭…)
イヤでも、うーん、
4回目のバリは、お金がなくても充分楽しめたんである。

バリ島の穴場情報提供は、またの機会にゆずるとして…

ワイキキビーチで、太平洋に沈みゆく夕陽をみながら、なぜ涙を
流したかというと、あまりの美しさに感動した事実もいなめない

夫婦は、夕陽から…沈みゆく船…傾きかけた家運…を連想
したのであった。

その時、タイタニック号のように、わが家業はドボン寸前であった。
中年デカプリオくんは、海の藻くずと消えるわけにいかず、
必死であがいていたら、カミサマは、「この際、タダで
英気を養ったらどうじゃ」とご慈悲をくださり…

こうなりゃ、結婚30数年目に降って湧いた2回目のタナボタ
・フルムーンを楽しまなきゃ損、とカバンに数冊の本と超極薄の
お財布を放り込んで、やってきましたブルーハワイ。

が、着いてみるとやっぱり、「ゴルフ、マリンスポーツ、
4島めぐり、豪華客船クルージング、鯨ウォッチング」など、
いたれりつくせり、おかねガッポリ消費要求の、
オプショナルツアーセットが待ち受けていたんだわ。

だがそれらを、ぜーんぶムシして
「リゾートとは、日常のしがらみから開放されて、
ボーッと時を過ごすことなり」と、結局、
オアフ島内のホテルやビーチ付近でのんびり過ごすこととなった。

ワイキキビーチで、肌を灼いている欧米人のチョー肥満ボディの
谷間に寝そべっていると、ホンワカ気分が癒されて…

夢かうつつか…
おかんは、夕べホテルのフロントにいた
ケビン・コスナーに似た美形の青年の姿を思い浮かべる…。

わがホテルは…景品旅行だから、5ツ星豪華ホテルの
オーシャンビュー(太平洋の見える部屋)とはいかず、
裏通りのシャワーしかない部屋であったが、

フロントには、ただひとり、ハワイ男に似つかわしくない
憂愁の青い瞳と、そげた頬が謎の美青年がいて…

美形に弱いおかんは、何度も用事を作っては、フロントへ
足を運び、ゆくあてもないオプショナルツアーの説明を聞き
にいったりしたのであるが、

ケビンさまは、おかんの片言のイングリッシュの質問に、
はじめは優しく
「イエス、ヤー、ハハーン」と聞き耳をたててくれたが、
途中からロバート・デニーロのにやにや顔にかわってゆき、
ついに「マウイ島への飛行機便はデスネ」…と
見事なニホンゴに転化したのであった。

「…オトコマエはこれだから困る」と
あわてて片言イングリッシュを引っ込めたおかん、

わがおとうさんはと、目を転じると、中年デカプリオは
プールサイドで寝そべっているグラマー女のスペイン娘
と、何やら楽しそうな会話を交わしているではないか。

ハネムーンならひと悶着起こるところだが、悲しいかな
「よそ見」をしても、何事も起こらないフルムーンであった。

何事も起こらないワイキキビーチの、お昼寝タイムはまだ続き…
そうだ、おかんは、ニッポンの若者にイカッていたのであった。

到着した日のこと、
わがジャパニーズ・ツーリストはホテルへ誘導されるやいなや、
まず、ハワイのおみやげ展示即売会が開かれ、それはそれで
いろんな事情があるだろうから、買いたい人は買えばよい。

続いて、携帯電話器の貸出しがおこなわれ、おかん夫婦と、あと
一組の中年夫婦以外は全員、どどーっと電話器に飛びついたので
あった。
ケイタイが命より大事なら仕方がない。だが、それからのち、
名物トロリーバスを乗り継いで、カメハメハ大王さま(像)に
ご挨拶している時でも、ニッポンの茶髪少年少女隊は、見物も
うわの空で、ケイタイにかじりついて日常的たわいなきお喋りを
エンエンと続け………「なにしに旅行へきておるんじゃ!
学校で習ったイングリッシュ会話を、勉強するよい機会じゃ
おまへんのか!、おかんはタダ(旅行)でも、元を取ろうと恥を
かいておるのに」…と最後のほうは、口のなかで消えてしまったが、

いやとにかく、ケイタイに八つ当たりしてしまったおかんである。

それにしても、ハワイは気候が素晴らしいのであった。
北の海から、ここちよく吹いてくる貿易風、降り注ぐ金色のシャワー
を浴びていると、理屈ぬきに幸せな気分になる。

町全体が、カラッとして陰りがなく、「人生、苦しい事なんか
なんも起こらないもんね。」の気にさせる陽気さ。
なるほど、「ハワイで結婚式を挙げる」若者が多い事情も
この辺にアリか。

ときおり、
ザーッと一雨きても、濡れる間もなく一分であがり、あとは木々の
緑がまぶしい。
いたるところに南国のハイビスカスや、プルーメリア、ブーゲン
ビリアの花々が咲き乱れ…

バリもよいが、ハワイは天国…
沈みゆくタイタニック号のことも忘れて「今度お金ができたら
コンドミニアム(別荘)を買う事にしよう!」と能天気おかんは
ヘタなしゃれで遊び…
(そうだ、バリの芸術村・ウブドにも、手ごろな家を一軒見つけて
あったんだっけ。)

空港やレストランで…50代、60代の女性が、ショートパンツ
にスニーカー姿で、きびきびと働く姿に感動したおかんは、
「ニホンへ帰ったら、一生懸命働こう!」と、決心したばかりなので
あったが…(旅の途中でみる夢は、覚まさないでおこうね。)

何事も起こらないワイキキビーチの、お昼寝タイムの至福の時は
いく日も続き、
ハワイの歴史とポリネシアン文化と、奥深い自然を、するどく追求
することもなく時は過ぎ、最後の夜になって…

ここでやっと
薄型財布の口は開かれ、フルムーンらしくイタリアンレストランで、
名物の特大ロブスター、クラブあんどビフテキを注文し、

「太平洋に沈む夕陽も、朝になればまた金色のシャワーとなって
降り注いでくれるんだわ!」
と、高級ワインで乾杯するタイタニック夫婦でありました。

やはりハワイは、分厚いお財布を持ってゆくとそれだけの、
薄いお財布でもそれなりの楽しみができる、
世界に誇るリゾート地だとおもいました マル。

このつぎは、自前で来たい。



本日のおかんの法則

   「ハネムーンは、目的がひとつで単調だが、
       フルムーンは、何事なくても単調ではない
。」